「無題」(何だか内容を表現できる的を得たタイトルが思いつかない 笑)

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久しぶりにこのカテです。
つまり長文になります(笑)
そして後で消すかも知れません^ ^;

最近、いやいつものことですが、何となくまた自分への問いかけが多くなり、これでいいのだろうか?という漠然とした迷いのようなものが常にあります。
と、書きながら、そういえばもう今年も残すところ僅かなので、そういう節目も無意識に意識して、こんな風に感じているのかな?なんて。
まぁ誕生日だ年の瀬だとその度にそんなこと考えてたら大変ですが、思い返せば割と若い頃…つまり中学生頃からこういう人生の疑問、自分への問いというのはありましたね。
結構特殊な環境で育ってきたので、そういうのも関係しているのかも知れませんが、常に自分でも難しいヤツだなと自覚しています。

とりあえずこのカテに入れましたが、以上のことから別に年とか関係なく私は常に危機感を持っているということでしょうね(笑)
もっと気楽に生きたいなと思うけど、それは無理だと分かってます。
でも別に諦めているわけではなく、その中で少しでもうまくやっていこうという気持ちはあって、問題はそれを持ち続けていられないことですかね^ ^;

最近は色々なことを受け入れているので、言葉で説明するのは難しいけど自己否定みたいな気持ちはあまりないですし、自分が嫌いとかそういうこともありません。
それは絶対年を取って柔軟性とかそういうものが自分に備わったからだと思います。
つまりある意味丸くなったんですよ。
ほら、若い頃って色々潔癖な部分で受け入れられないことでエンドレスに悩んだりするじゃないですか。
そういう部分について年を取っていい意味で仕方ないと受け入れられるようになりました。

でもね、いつものようにいくつかのきっかけで考える機会があったり、パワーをもらったりということが重なって、もう物心付いた時からの未解決テーマにまた戻って、やっぱり何かしなきゃ…このままではいけないと1万回目くらいになりますが感じています(笑)
結局人は避けて通れる問題はないんです。
その時避けてもまた形を変えて何度もそれに向かい合うまでやってくるんです。
だから未解決のことがあると本当に意味では前へ進めないし、進んだ気になっても実は進めていないのでまた戻ってくることになる。
しかも一度スキップした問題が次にやってくる時は、もっと難しくなって来るので、毎回その都度頑張って進んだ方が全体で見れば楽。
なのに人はスキップしたくなるんです、えぇ私はそうです^ ^;
だから40になってもずっと昔からの課題に苦しむことになる。
ここまで引きずってきたら、もう80くらいまでこの課題に取り組むことになるでしょうね。
でもそれを経験するために生まれてきているのだから、せいぜい生かせてもらっているうちに頑張りたいものです。

これだけ頭と心で分かっていながら進めない理由は私のエゴでしょうね。
ということで、私はまたここに戻ってきています。
今までも何度もチャンスを与えてもらっているのに、後で振り返ったらなんともったいないと後悔しまくるんだろうなぁ(笑)
未来を変えられるのは今の自分。
今の自分だけが目の前の課題に取り組むことが出来るし、そのチャンスを与えられている。

ここまで抽象的な感じに書いてきましたが(実際はこの上なくクリアで全く抽象的ではないのですが、私個人の課題について具体的に書いていないという点では、抽象的ですね。)今朝、急に冷え込んで寒くなった、しかも強風の吹き付ける庭で、今年最後の花となるだろうジュビリー・セレブレーション(トップ画像)を見てベタなことを感じた訳です。
つまり、土と水と風と太陽だけでこんな美しい花をを咲かせる薔薇(植物)の生命力の輝き。
見る者を選ぶことなくその美しさを共有する無条件の愛のような力強さ。
そんな寒さや風から身を守ることが出来る家に住んでいられるありがたさと、そんな幸せの中にありながら無数の事に心をすり減らす自分の不甲斐なさ。
いつかの時点で必ず乗り越えなければならないのに、どうしてもそれを避けてしまう自分への落胆。

今年の初めに私は自ら経営していた個人事業をやめてしまったのですが、たぶんそれは直近10年の中で間違いなく最も重要な課題の一つで、単なる仕事ではなく自分の信念や希望、または自分の生き方を示すまさにライフワークと呼べるものでした。
その喪失感たるは相当なものですが、同時に自分の力がそこに100%注がれていたとは言えないこともまた知っています。
つまり私にはまだ努力できることがあったのにそれを出来なかった、しなかったという事実が更に自分を苦しめているわけです

解決法は色々あるでしょうが、きっと私は(少なくともしばらくは)ずっと仕事の再建の希望を持たずにはいられないし、その道を模索するでしょう。
でもやはりそこには行動が伴わなければいけない訳で、それこそがまさに私の人生の最大の課題が詰まった部分でもあります。
さて再建には何が必要か?
自分の問題以外に実際問題としてお金も必要。
もちろんお金だけでなく色々な協力者も必要。
あまりに多くのことがあるので考えがまとまらず結局何も手を付けられない。

そこで最近気付いたのですが、私って考えがまとまらないことがものすごく多いということ。
例えば薔薇の配置なんて時間があって放っておかれればたぶん数ヶ月悩み続けることが出来ます(笑)
たぶん脳が他の人と同じような形では機能していないだろうなと思っています。
ただ頭の回転が悪いのかというと、自他ともに認める頭の回転、機転の良さはたぶん人一倍。
人はそれぞれ皆違うので、別に私はそういう自分を否定しないし、別に良くも悪くも思っていなくて、これが私と思っていますが、少しずつでも弱点を補う方法は見つけていかないとなとは思います。

思いついている対策としては、紙に書く。
これは私にはとっても有効な場合が多いです。
例えばやらなければいけない事ややりたいことを紙に書きだして、優先順位をつけていくとか、また何かをするために何が必要か関連付けて図にしていくとか。
頭の中にあることを目に前に出して目で見ることによって頭の中を整理するというやり方ですね。
実はこれ、気持ちが混乱した時にも有効です。

例えば先週男友達が「悲しすぎる、死にたい」と言って来たのでどうしたのかと聞けば、元カノのインスタを見て知らない男をハッピーそうに写っている彼女の写真をみてすごく傷ついたとのこと^ ^;(若いねぇ~笑)
彼女のことを思い出すと辛いから忘れたいけど忘れられないというので、忘れらないっていう事実を受け入れれば?と言いました。
彼は、で、どうなるわけ?と初めは理解できなかったのですが、彼女のことで苦しみ、更にその苦しみを忘れないことで苦しんでたら本末転倒だし無意味だから、忘れられないってことを認めてそれ自体に悩むのはやめたら?と私。
その後、なんで1年半前のことなのにいまだにこんなに写真一枚で傷つくのか紙に書きだしてみたらいいと提案。
もしかしたらまだ彼女のことを好きなのかもしれないし、自分がまだ彼女にとって特別な存在だと思いたいのかもしれない。
または単に彼女が幸せそうなのが気にくわないだけかもしれない、だって時々人は他人の幸せを受け入れられない時があるからね、etc…

結局彼が行きついたのは、自分が今あんまりハッピーな状況じゃないのに彼女が幸せそうにしているのが嫌だったという自分の気持ちに到着。
こういうのって頭の中だけで考えているとエンドレスでグルグル…と考えてしまうけど、紙に書いていくと割とすぐに答えに辿り着くことが多いです。
もちろんそこに至るには自分自分に正直にならないといけず、自分で認めたくない部分や人に見せたくない卑しい気持ちも正直に認めて紙に書いていかなければいけません。
ただそれは誰かに見せるわけでもなく、自分で読み返す必要も全くないので、答えに突き当たったら紙は捨ててしまいます。

はて、どうして私はこんな友達の話をしているのでしょう?(笑)
人にアドバイスしたり手助けするのは簡単だけど、自分のこととなるとまぁそう簡単には行きませんぬ^ ^;
でも私もここに書きながら、だんだんと気持ちが明るくなってきました。
いつもなら自分も何となく気持ちが好転したところで、記事はアップせずに削除して終了なんですが、今日はアップします(笑)
どっちみにまだ問題が解決したわけじゃないし、私自身が発展途上にいるので。
あとで一人で落ち着ける時間が取れた時に、早速私も紙にこれからの人生のプラン、仕事のプランなど書きだしてみたいと思います。



相変わらずこのカテになると意味があるんだかないんだか分からないような無駄に長い内容になりましたが、最後までお付き合い下さった皆様、ご苦労様でした(笑)
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